One for all

生活

今年の広島カープ。選手の言葉で、「カープ愛」という言葉や、「For the Team」という言葉がよく聞かれます。

フェンスとの激突もおそれずぎりぎりのファールを追う姿、将来を左右するかもしれない故障をおして出場する姿、逆に故障した自分では戦力にならないと判断する姿など、感動を呼ぶような姿も沢山見せてくれました。

 
一方で、ここは当たってでもなんとかせんとあかんやろ!というときに、気のない見逃し三振をしたり、もう一歩前に出れば取れる打球をさもぎりぎりというようにジェスチャーをしながら後逸する、それなら、ダイビングしろよ!!と思わず叫びたくなるような守備などもありました。「こんなん、あかんやろ!」というシーンも見えるのです。

 
でも、冷静に考えれば、個人事業主である彼らが、自分を殺して自己犠牲の上で、チームを優先することを良しと考えることは難しいです。無理して怪我をして選手生命を短くするようなことはなかなか考えることは出来ないでしょうし、指導者もそこまで要求はできないでしょう。

 
これからの方が長い野球人生という若い選手が、どこまでこういう「One for All」「For the Team」精神でプレーが出来るか、できるようにチームを作るかは難しい課題です。良いほうに結果が出れば、評価が上るし、悪いほうに結果が出ると結果的に野球が続けられなくなるかもしれない。

 
所属しているチームが、優勝という成績を残し、そこで選手としても評価されれば名誉と報酬の両方が手に入れられる。それは引いては自分の利益にもなると考える人がいても、チームが一丸となり、勝利を得るために戦うことが出来る。それがプロ野球なんだろうなぁと思います。

 
今年のカープの優勝は黒田投手、新井選手の存在が大きいといろんな人が言っています。若い選手達も2人の行動に感動や影響を受け、何より私達ファン達が、彼らのカープ愛を感じ、感動を覚えました。

 
でも、少し覚めた目で見れば、彼らは短い時間しか選手として働く時間は残っておらず、その期間をすべてチームの勝利に捧げましょうというタイミングなのです。黒田投手が体が崩れてもいいと思ってやるというようなことを言っていましたよね。

 
身体を張って、犠牲を伴いながらチームに貢献する。これは、誰でも、いつでもできることではない、それを、今この瞬間に出来るタイミングにいる黒田投手、新井選手が行い結果を出しているからそれを見る私達の感動が大きいんだなと思っています。

「One for all」 「 Men for Others」これらは、いずれもキリスト教系列の学校の教育理念として掲げられている言葉です。博愛精神ともいうことが出来ると思います。同じように日本の道徳教育には、父母、祖先、家族を大事に、お年寄り(年長者)、子供に優しくするという精神がありました。そして、就職する会社は、定年まで勤め上げるのが当たり前で、「会社のために」という大前提で働いてきました。○○のために自己犠牲を払うというのが日本人の美徳とされていたようにも思います。

 
現在は、そうしたバックボーンが崩れ、自己中心の世の中になってきたように思います。求職者も、アットホーム的な会社より、サラリーマンとしての自己実現が出来る企業を選んでいます。経営側も、社員を育てるより利益を上げる戦力、コマとしての社員を採用しているように思います。採用された社員は一部を除き、与えられた仕事のみをこなすコマと化し、経営側は目標の達成をノルマにマニュアル化した仕事を社員に課しています。

 
働いている人たちは、○○のために頑張っている、頑張ったという精神的満足感も薄く、日々の生活に追われているように思えるのです。周りの出来事や、所属している集団(団体、学校、会社)の中の出来事も、自分ごとと捉えず他人事として捉え、自ら行動して解決を図るということが少ないようです。

 
こんな背景だからこそ、黒田投手の行動が「男気」と評されたり、今年の黒田投手、新井選手のプレーや言動が「チーム愛」「カープ愛」として取り上げられ、彼らの活躍が最大賞賛されているのではないかなぁと思います。


私自身、彼らのごとく、会社のために 社員のために と身を粉にして尽くすことは、もう出来なくなっていると感じていますから、昨日の黒田投手の投球、そして降板する姿を見つめる新井選手の姿を見て、感動しているのだと思います。

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